東京都世田谷区を中心に、
産前産後支援やおでかけひろば事業を運営している「NPO法人子育て支援グループamigo」が
東京都保健福祉局「子供が輝く東京・応援事業」の助成を受けて実施するプログラムです。

何でもない声かけが行き交う町
みんなの思いやりや優しさは自然に行き交う景色
手伝って欲しいことを素直にお願いできる景色
自分の人生を思いっきり生きる姿があふれる景色

ミブマリコ

出づらい、言いづらい。づらい問題を変えていきたい

今の活動に至るまでの生い立ち、プロフィールを教えてください。

北海道の白老町で生まれ育ちました。海も山も近くて、子供の時は魚のつかみ取りをしたりして遊んでました(笑)。少し年の離れた兄が二人いて、バンドをやったりするようなヒトだったので、影響を受けて中高時代はサブカルチャーっ子で、早く東京に行きたいと思ってました。おじいちゃん子だったんですが、15歳の誕生日に中古のマニュアルカメラをもらって、そこからカメラマンを目指しました。

18歳で大学進学を機に念願の(笑)上京。下北沢に住んで、歩いていけるところにライブハウスがあったりして感激しました。夜間は写真の学校に行ってました。卒業後、即カメラマンとして就職。ちょうどそのころ、写真がアナログとデジタルの境目、移行期みたいなタイミングで、わたしは高校の時からMacをいじったりしていたので、キャリアがないのにいろいろと大きな仕事も任されたりしました。たくさん仕事もして遊びもして、楽しかったですね。
そして26歳で結婚しました。そろそろ転職しようかなと会社を退社するタイミングで妊娠がわかり。周りに比べてもはやかったですが、はやく結婚したかったんですよ(笑)。子育てとかも早いうちに終わらせたいと思っていて、とにかくバリバリ働きたかった。30代はけっきょく地域や子どもとの時間が多くなっていて、それは楽しいしやりがいも感じているんですが、わたしは基本的に働きたいヒトなんです(笑)。今は、フリーランスになる気はなかったけどフリーのカメラマンをしつつ、いろいろなところでやっぱり働いてます(笑)。

子どもが産まれてから、知り合いに誘われて、自主保育グループぴっぴの会(*)に入りました。出会ったのは羽根木プレーパーク。子どもが1歳のタイミングで、カメラマンとして働きたいのに、4月入園の保育園は全部落ちて。夏頃になってようやく近所の保育室に週2で入れることになり、子育てしつつ仕事もするというバランスが心地よかったです。そこからamigoにもスタッフとして関わるようになりました。ぴっぴは2011年に代表になりました。震災があったりもしたので、その時はいろいろと大変でしたね。

(*)ぴっぴ『自主保育ぴっぴの会』羽根木プレーパークを拠点に活動している自主保育グループ

いまやっていること、とり組んでいることはどんなことでしょうか?

arTeaTreaTでは事務局まわり、本業はフリーランスでカメラマンの仕事、編集・デザイングループ「まちとこ」メンバーの仕事、プレーリヤカーの代表、amigoの事務局も担当しています。

amigoでも、私が特に関心があるというか、やっていきたいなと思っているところは、お母さんの妊娠から出産にかけてのところです。たとえばマタニティヨガの受付というのもやっているんですが、そこでは妊婦さんと繋がってやりとりができて、そこが楽しいし、応援したいんですね。妊婦さんと繋がる機会ってあんまり無いじゃないですか。
その時期って、一度産めばわかることなんだけど、産んでないからこそわからない不安、特有の悩みがあったりする。産んだ直後も、「今日は子どもと宅急便のお兄さんとしか話してない…」みたいなお母さんもいたりしますよね。自分も一番大変だった時期だし、都会の子育てってまだまだやっぱりそういうところがあって、amigoではそこを応援しています。保育士の免許も持っているんですが、わたしは子どもよりはどちらかというとお母さんのほうを応援することが、自分のやりたいところだったりします。

プレーリヤカーは、8年間スタッフとしてお手伝いしていたのですが、代表だった矢郷さんが先日亡くなる直前に、「活動を引き継いで欲しい」とお電話を頂いて。プレーリヤカーも、プレーパークで既に遊んでるお子さんと親御さん向けというよりは、外遊びをまだしたことがない親子、これから外に出ていくお母さんたちを応援する、というところがあるので、代表を引き継がせてもらいました。

arTeaTreaTに関わろうとおもったのは?

写真の仕事での取材で、パラスポーツや、福祉器具などの取材に関わることが多くなり、自分なりに理解を深めてわかったつもりでいたんですが、いざ自分の周りや子どもの友達、ご近所さんになると、一歩自分が引いてしまっているなということに気づきました。
これまで私がお会いしてきたパラリンピックの選手の方たちは、ほんとうに(技術的にもマインドも?)トップレベルの人たちで、ほんとうにすごいなあという存在なんです。ハンディを持つ人が、健常者を超えて憧れの存在になるような、そんな風になったらいいなと思います。
一方で、でもそういう場に出てこれない方たちもたくさんいるんだろうなと。まだ出てこれない人たちが、出てくるきっかけになったり、そういうことがarTeaTreaTでできたらと思っています。

やってみてよくわかったのは、やっぱり感触とか匂いとか、言葉じゃないところで伝わるものがあるなあということ。クルーの友岡さんが「器具をつけていてもこんなことができるんだねえ」と言っていたんですが、ほんとうにそう思いました。

以前から「呼吸器をつけているんですけど、(amigoに)行ってもいいですか?」というお電話を頂いたりもしていました。でも電話まではできるけど、実際に来るまでには、また移動や時間のことなど、ハードルがあると思うんです。ムリだなあって諦めていることもあるんじゃないかなと。そのハードルは下げていきたいです。
そして周りの家族や兄弟の子たちも、我慢していることもあったりすると思う。そういう時に、わたしみたいなヒトが、「手伝いますよ〜」って気軽に言って、お互いにラクになっていったら、と思います。以前、そういうシチュエーションで、「手伝いますよ〜」と言ったら、やんわりと断られた経験がありまして(笑)。きっと遠慮もあるし、それが普通だっていう感じじゃないんだと思うんですが、そうなると声もかけづらくなっちゃうし、助けも求めづらくもなる。お互いに言いづらい問題というのがあるなと。そういうところも変えていけたらなと思っています。

arTeaTreaTの活動を通してどういう社会が実現したらいいと思いますか?

リオパラリンピックのときの話を聞いたんですけど、障害があるから応援するとか、そういうことはあまり関係なく、とにかく「すごい選手いるじゃん! イエーイ!」みたいな感じだったらしくて(笑)。きっと2020年の東京でのパラリンピックでも、会場のスタジアムはいっぱいになるとおもうんですけど、そういう明るい感じになったらいいなと。そしてパラの大会だけじゃなく、社会全体もそうなっていったらいいなって思っています。

ありがとうございました!


パーソナルな質問

Q:あなたにとってarTeaTreaTな一曲は?
Rez/Underworld
Q:あなたの必殺技・特技は?
植物を枯らすこと
Q:わたし実は○○なんです
二郎系ラーメンで野菜マシマシにするんです
Q:マイブーム
宮下草薙の15分と東野幸治の幻ラジオ
Q:好きな漫画
岡崎京子『Pink』
Q:好きな匂いを一つ二つあげて下さい。
レバーが焼ける匂い。ヒレ酒の匂い。
Q:もしできたら「やさしさ」を定義してみて下さい。
そうしていつか全ては優しさの中へ消えてゆくんだね

ミブマリコ
ニチニチスタジオ / フォトグラファー